AIは絵を描き、作曲し、小説の続きを書くようになりました。「創造性は人間だけのもの」という言葉は、もう当たり前には使えなくなっています。
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「創造性こそ、最後まで人間に残る能力だ」。長らくそう言われてきたが、その常識が揺らいでいる。
2026年1月、ある科学誌に発表された研究が話題を呼んだ。10万人を超える人間と生成AIに、日用品の新しい使い道を考えるような「発想を広げる課題」を解かせて比べたところ、AIの成績は平均的な人間を上回ったのである。アイデアの数だけでなく、その独自性の評価でも、AIはふつうの人を超えた。
ただし、この研究には続きがある。詩や物語のような豊かな創作の領域では、最も創造的な人間、おおよそ上位1割の書き手が、依然としてAIを大きく引き離していた。さらに、AIの創造性は人間の指示の出し方に強く左右されていた。問いを工夫すればAIの発想は冴えるが、雑な指示では平凡な答えしか返ってこない。AIの支援で人間の発想が豊かになったように見えても、支援を外すと元の水準に戻ってしまった、という別の報告もある。
この結果をどう受け止めるべきだろうか。「平均は超えられたが、頂点は残った。だから人間の創造性は安泰だ」という読み方は、いささか楽観的にすぎる。世の中の創造的な仕事の大半は、頂点ではなく平均的な水準で営まれているからだ。広告の文案、商品の企画、記念日の贈り物に添える一言。「そこそこの創造性」で足りる場面から順に、AIは人間の出番を減らしていくだろう。
一方で、こうも考えられる。私たちが何かを創るのは、優れた成果物を世に出すためだけではない。文章を書きながら考えがまとまり、絵を描きながら、見えていなかったものに気づく。創る過程そのものが、創る人を変えるのである。結果だけを取り出せばAIで足りるとしても、その過程を手放したとき、私たちは作品ではなく、考える力と感じる力を失うのではないか。
AIが平均的な人間より創造的になった時代に、人が自分の手で創る意味はどこにあるのか。それとも創ることもまた、かつての計算がそうであったように、機械に譲り渡してよい営みなのだろうか。
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| 観点 | 見られるところ | 配点 |
|---|---|---|
| 理解度 | 課題文の内容を正確に読み取れているか | 25 |
| 論理性 | 結論と理由がかみ合い、筋が通っているか | 25 |
| 独創性 | 体験や視点など、あなたらしさを出せているか | 20 |
| 構成 | 順序や段落分けが読み手に伝わりやすいか | 15 |
| 表現力 | 言葉選びや言い回しが適切で読みやすいか | 15 |
| 合計 | 100 |
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