この文章を読んでから、自分の意見を書きます
「あの人は成功したのだから、実力があるに違いない」。私たちは日々、こうした推論を自然に行っている。だが、その直感はどこまで信用できるだろうか。
近年、この問いに切り込む実験が報告された。参加者は2人1組でクイズに挑み、勝者が決まる。ただし勝敗は、クイズの成績で決まる場合と、コンピュータによるコイン投げで決まる場合があり、参加者はどちらで決まったかを知らされる。実験ではさらに、出題の難しさを通じて参加者の「自信」だけを操作した。簡単な問題を解いた人は、他人にとってもそれが簡単だとは考えにくいため、自分の成績に自信を持ちやすくなるのである。
結果は示唆に富む。自信を高められた勝者は、勝敗が運で決まる状況でも、「この勝負は実力で決まった可能性が高い」と信じる傾向を強めた。自信が低いままの参加者では、勝者と敗者の見方に差は出なかった。勝ったという事実に高い自信が組み合わさったとき、人は結果を実力の証明として読み替えるのである。そして、勝った人は報酬を敗者と分け合うことへの意欲を下げていた。
現実の社会では、勝敗に運と実力の両方が絡み合い、どちらの寄与が大きかったのかを確かめるすべはない。だからこそ、成功した本人の「実力で勝ち取った」という実感は、検証されないまま積み重なっていく。経済学者のフランクは、初期のわずかな幸運が雪だるま式に大きな差へと膨らんでいく現代の市場の仕組みを分析し、成功者ほど自らの運を過小評価すると論じた。
もちろん、努力や実力が成功に寄与しないという話ではない。問題は、結果から実力を逆算してしまう私たちの思考の癖である。成功は実力の証明といえるか。それとも、成功が私たちにそう信じさせているだけなのか。
アプリをダウンロードして、このお題に答えてみませんか。登録不要で、無料で使えます。