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夏休みに家族で旅行へ行く。プールや科学館に連れて行ってもらう。キャンプで自然に触れる。こうした「体験」は、子ども時代の当たり前の風景のように語られてきた。だが実際には、体験の機会は家庭の経済力によって大きく偏っている。
小学生の保護者約2,100人を対象にしたある全国調査では、世帯年収300万円未満の家庭のおよそ3割が、習い事や旅行といった学校の外での体験活動を、1年間で一度もしていなかった。年収600万円以上の家庭と比べると、その割合は2倍以上にのぼる。2026年夏の別の調査でも、物価高を理由に子どもの体験を頻繁にあきらめた世帯は、年収600万円未満で約15%と、600万円以上の約5%を大きく上回った。「体験格差」という言葉が生まれ、支援団体や行政が動き始めた背景には、こうした数字がある。
体験は、学力テストのように測られないぶん、後回しにされやすい。だが、幼い頃に自然や文化、家庭の外の大人と触れた経験は、興味の幅や自信を育て、その後の学びの土台になるとされる。そして体験の機会は、子ども自身には選べない。親の収入、住んでいる地域、送り迎えをしてくれる大人がいるかどうか。いずれも本人の努力とは無関係の条件である。だからこそ文部科学省も2026年7月、夏休み中の学校施設や公民館、図書館を子どもの居場所として活用するよう全国の教育委員会に要請した。体験を家庭の責任に閉じ込めず、社会で支えようという方向である。
もっとも、この流れへの疑問もある。体験の量を問題にすること自体が、「体験の少ない子はかわいそうだ」という見方を広め、かえって子どもを傷つけるのではないか。無料の施設を用意しても、送迎の手段や情報が足りない家庭には届かないのではないか。施設を開放するといっても、その運営の手間は誰が引き受けるのか。そもそも、家庭の営みにどこまで社会が踏み込むべきなのか。
子どもの体験格差は、社会が埋めるべき問題だろうか。それとも、別の向き合い方を探すべきなのだろうか。
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