この文章を読んでから、自分の意見を書きます
通信制高校で学ぶ生徒が、2025年度に初めて30万人を超えた。高校生のおよそ10人に1人にあたる。学校の数もこの20年でほぼ倍増し、332校になった。かつて通信制は、働きながら学ぶ人のための例外的な仕組みだった。いまや、進路のひとつとして選ばれる存在になっている。
この変化を、「毎日通えない子が増えた結果」として心配する声がある。背景に不登校の増加があるのは事実だ。小中学校で年間30日以上欠席した子どもは約35万人にのぼり、増加が続いている。しかし私は、通信制の拡大を問題の表れとしてではなく、学校観の転換として前向きに受け止めるべきだと考える。
そもそも、「全員が毎日、同じ時間に同じ場所へ通う」という学校の形は、教育の本質ではない。限られた教員と校舎で大勢を効率よく教えるために作られた、運営上の型である。その型に合う子には良い仕組みだが、合わない子には毎日が消耗になる。朝の教室に入れないことと、学ぶ力がないことは、まったく別の問題だ。型に合わないなら型を変えればよいというだけのことで、それを可能にする技術も制度も、もう揃っている。
毎日通う学校には、人と過ごす力を育てる場としての価値がある、という反論があるだろう。その価値は認めるが、毎日全員に強制しなければ得られないものだろうか。週数日の登校日や行事で人と関わる機会を確保する設計は、すでに多くの通信制で行われている。合わない場所に毎日通うことを強いられて心身を削られた子は、かえって人と関わること自体を恐れるようになる。
ずさんな運営が問題になった通信制があるのも事実だが、2026年には質を確保するための法改正が行われた。質を正す規制と、学び方を選べる自由は、両立できる。
学校は、毎日通うのが当たり前の場所ではなく、学び方を選べる場所であるべきだ。30万人という数字は、逃げた子どもの数ではない。自分に合う学び方を選んだ子どもの数である。
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