主張を伝える キャリア

「静かな退職」という働き方は認められるべきか?

課題文

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「静かな退職」という言葉が広がっている。会社を辞めるわけではないが、昇進や評価のための頑張りからは降りて、契約で決められた仕事だけを淡々とこなす働き方を指す。数年前にアメリカの若者の動画投稿から世界に広がった言葉だが、日本でも共感が集まり、いまやありふれた生き方になりつつある。

背景にあるのは、頑張りが報われにくくなったという実感だろう。残業や休日出勤を重ねても給料は大きく変わらず、昇進しても責任が増えるばかりで魅力を感じない。それなら仕事は生活の手段と割り切り、残った力を家族や趣味、自分の学びに注ぐほうが合理的だ、という判断である。契約どおりに働き、決められた成果は出しているのだから責められる筋合いはない、という言い分は筋が通っている。

しかし、手放しで肯定してよいかというと、ためらいも残る。第一に、職場は一人では回らない。誰かが「最低限」に徹すれば、突発の対応や面倒な調整は、頑張る誰かのところへ寄っていく。静かな退職が広がった職場では、引き受ける人から順に疲れていく。

第二に、本人にとっての損失である。仕事の力は、少し背伸びした経験の中で育つ。20代や30代で挑戦から降りてしまえば、いざ転職や環境の変化に直面したとき、選べる道が狭くなっているかもしれない。さらに近年は、AIの普及によって「最低限の仕事」の水準そのものが切り上がりつつある。昨日までの及第点が明日には足りなくなる時代に、「最低限でいい」という構えは、思うより不安定な土台の上に立っている。

それでも、と思う。そもそも「仕事には全力で打ち込むべきだ」という前提こそ、会社が人生の面倒を丸ごと見てくれた時代の名残ではないのか。給料も役職も約束されないのに、献身だけを求めるのは虫が良すぎる。静かな退職は怠けの表明ではなく、仕事と人生の釣り合いを取り直そうとする、一つの答えなのかもしれない。

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