この文章を読んでから、自分の意見を書きます
山で動けなくなった人を助けに行くには、人と機材が要る。
その費用を誰が払うのかについて、日本の扱いは一律ではない。
警察や消防のヘリコプターによる救助は、原則として無料である。
民間のヘリコプターを頼めば、飛行だけで一時間あたり四十万円から五十万円ほどかかる。
同じ遭難でも、どこが助けに来たかで負担額がまったく変わる。
この不均衡に手をつけたのが埼玉県だった。
県内の六つの山域を対象に、防災ヘリコプターの救助に手数料を課す条例を2018年1月に施行した。
金額は飛行時間五分ごとに定められ、2024年4月からは五分あたり八千円になっている。
平均的な救助時間はおよそ一時間とされるので、十万円前後になる。
災害による遭難者などは減免される。
有料化には強い反対がある。
費用を心配して救助要請をためらえば、発見が遅れて命に関わる。
助けを呼ぶかどうかを金額で迷わせる制度は本末転倒だ、という批判である。
この懸念は理解できる。
ただ、埼玉県の額は民間ヘリの四分の一から五分の一ほどで、減免の仕組みもある。
要請をためらわせるほどの水準とは言いがたい。
むしろ考えるべきは、負担がどこへ行くかである。
無料であれば、費用は税で賄われる。
登山をしない人も含めた全員が、他人の趣味に伴う危険の費用を負担していることになる。
公共の安全に税を使うのは当然だが、自ら危険な場所へ入る選択をした人については事情が異なる。
負担には、行動を変える働きもある。
費用が自分に返ると分かっていれば、装備を整え、天候を確かめる動機になる。
本人が一部を負うことは、罰ではなく危険を自分のものとして引き受ける仕組みである。
山に登る自由は守られるべきだ。
その自由に伴う費用を、登らない人に回し続ける理由はない。
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