主張を伝える 環境

人の手を入れない自然が、いちばんよい自然か?

課題文

この文章を読んでから、自分の意見を書きます

自然を守ると聞くと、人が手を触れずにそのまま残しておくことを思い浮かべる人は多い。
木を切るのは自然を壊すことで、何もしないのがいちばんの保護だという考えである。
だが、人の手を入れない自然が、いつもいちばんよい自然だとは限らない。

オーストラリア南東部のビクトリア州に、30年ほど忘れられていた森の実験がある。
1987年から89年にかけて、伐採のしかたを変えた区画と、まったく手を入れない区画を並べて設けたものだ。
初めの観察が終わると、林道は草木に覆われ、実験は顧みられなくなった。
メルボルン大学などの研究者がその森を調べ直すと、意外な姿が見えてきた。
木の5〜7割を間引いた区画では、いちばん大きな木の幹の太さが、手つかずの区画より約2割上回っていた。
木に蓄えられた炭素も、手つかずの区画と同じかそれ以上あった。
絶滅が心配される小さな有袋類のリードビーターフクロモモンガは、カメラで調べた手入れの区画のすべてで見つかり、手つかずの区画では見つからなかった。
手を入れた区画に茂ったアカシアが、えさ場や通り道になっていると研究者は見ている。

日本の里山にも同じことが言える。
キキョウは日当たりのよい草原に生える花で、その草原は、人が肥料や家畜のえさにするために草を刈り続けることで保たれてきた。
刈る人がいなくなれば、草原は林に変わり、キキョウの生える場所は減っていく。

もちろん、人の手が自然を壊してきた歴史は長い。
手入れを口実に切りすぎれば、何百年もかけて育った森は戻らない。
オーストラリアの研究者自身も、間引きをどこでもやってよいとは考えておらず、万能の方法はないと書いている。
その指摘は正しい。
ただ、そこから導かれるのは、手を入れるかどうかではなく、どこにどれだけ入れるかを問うべきだということである。
手つかずを最上とみなしてしまえば、その問いを立てることすらできない。

自然の値打ちは、人がどれだけ遠ざかったかでは測れない。
どの森や草原に、どこまで関わるのかを、結果を見届けながら選んでいくべきである。

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