この文章を読んでから、自分の意見を書きます
美術館に入ると、多くの人は自然と声をひそめる。
作品の前で感想を口にしようものなら、周りの視線が気になってしまう。
だが、この「美術館ではお静かに」という決まりは、昔からあったわけではない。
美術批評家の伊藤結希氏は、現代ビジネスに寄せた論考で、静かな鑑賞こそ正統だという思い込みを問い直している。
近代的な展覧会の起源とされるフランスのサロンを描いた18世紀の絵には、壁を埋め尽くす作品の前で、人々が身振りを交えて語り合う姿がある。
そこでは社交と鑑賞が切り離せなかった。
一人で黙って作品と向き合う作法は、美術館という制度の中で後から形づくられた規範だというのである。
話しながら見ることには、それだけの値打ちがある。
「この人は何をしているんだろう」と口に出すと、連れが別の細部に気づき、作品の見え方が変わっていく。
ニューヨーク近代美術館の教育部門から生まれた対話型鑑賞は、語り合いを通して見る力を育てる方法として、日本の美術館や学校にも取り入れられてきた。
国立西洋美術館も2023年から、会話を楽しみながら作品を見られる「にぎやかサタデー」を開いている。
静かにしなければと緊張する人や、子ども連れで足が遠のいている人にも来てほしいというのが、そのねらいだ。
もちろん、静けさの中で作品と一対一で向き合いたい人もいる。
隣で話し声が続けば、その時間は損なわれてしまう。
その願いは尊重されるべきだろう。
それでも、会話を一律に禁じる理由にはならない。
オランダのフォールリンデン美術館は、土日の朝の1時間だけ、会話を控え、靴を脱いで見て回る時間を設けている。
静けさは、決まった時間に守るという形でも保てるのだ。
日本の美術館も、会話してよい日や時間帯を広げていき、静かに見たい人のための時間は別に確保すればよい。
美術館を、黙って作品を拝む場所のままにしておく必要はない。
見たものを言葉にして分かち合える場所へ、変えていくべきである。
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