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結婚したら、夫婦はどちらかの名字に揃えなければならない。民法750条が定めるこのルールのもと、実際には夫の姓を選ぶ夫婦が9割を超える。名字を変える側、その多くは女性が、銀行口座や免許証、パスポート、職場の名義といった変更手続きを一手に引き受ける。研究者であれば、論文の実績が旧姓と新姓とで分断されることもある。
この不便をめぐって長く議論されてきたのが、選択的夫婦別姓である。同姓にしたい夫婦は同姓のまま、別姓を望む夫婦には別姓を認めるという案で、法制審議会が導入を答申したのは1996年にさかのぼる。しかし国会の議論はまとまらず、最高裁判所は夫婦同姓の規定を憲法違反とはいえないと判断しつつ、制度のあり方は国会で議論されるべきだと繰り返してきた。
こうした中で近年進められているのが、旧姓の「通称使用」を法制化するという方針である。戸籍の名字は夫婦で一つに揃えたまま、結婚前の名字を通称として広く使えるよう、法律で裏付けるという考え方だ。すでに住民票やマイナンバーカード、パスポートには旧姓を併記できるようになっており、これをさらに押し広げ、契約や資格といった場面でも旧姓で通せるようにすることが想定されている。
この案を支持する立場は、次のように考える。改姓の実害の多くは、名義の不一致という実務の問題から生じている。通称に法的な裏付けを与えれば、日常の不便はかなりの部分が解消される。家族が同じ名字を名乗る一体感は保たれ、子どもの名字をどちらにするかという新たな悩みも生まれない。戸籍制度を大きく変えずに済む、現実的な解決策だという評価である。
一方、懐疑的な立場は限界を指摘する。通称の利用が広がるほど、一人の人間が場面によって二つの名前を使い分けることになり、本人確認や海外での通用性など、かえって複雑さが増すおそれがある。重要な契約や国際的な場面では、結局戸籍名が求められる可能性も残る。そして何より、名字を自分の名前として大切にしてきた人にとっては、戸籍上の名前を変えなければならないこと自体が問題なのであり、通称はその代わりにならない、という根本の異論がある。名前は単なる記号ではなく、その人の歩みと結びついた人格の一部だ、という考え方がその底にある。
つまりこの論点は、「名字の問題」とは何かという定義そのものを問うている。解決すべきは手続きの不便なのか、それとも名前を選べないことなのか。制度が引き受けるべき範囲はどこまでで、どこからが価値観の問題なのか。旧姓の通称使用の法制化は、名字をめぐる問題の答えになり得るのだろうか。
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